宇和島吉田両藩誌

ここに西園寺十五将の記載があります。

各将それぞれ騎兵を従えていて、多くて300騎だいたいは20騎から30騎ほど、千騎もいないようです。

私は戦国大名は専門外ですが、
ものによると戦国時代には騎馬武者にそれぞれ農兵が数人から5人程度がついたらしい。

手綱引き、槍持、旗持など、おそらく城の護りも考え常時戦えるのは2000から3000ほどではないかと、農兵は普段は農業があり秋の収穫が終わり冬の閑散期や年が明けてから春から夏に戦に出る。定期的に帰らなくてはならない。

如何に勇猛果敢で忠義に厚い武将達でも、秀吉軍などの、経済力で雇われる万の傭兵には敵わない。

しかし、毛利元就は西園寺よりもずっと小国から成り上がり中国を征した。
智略次第なんだと思います。

主に孫子の兵法を始めあらゆる兵法書を研究検証して実践して、チェックして改善して今でいう。PDCAサイクルをしていたのではないかと思います。
しかし、私には到底想像もできない努力があったでしょう。

西園寺公望、伊予西園寺家のお寺である千眼寺で歴史好きとしては、欲しいところです

古書や、専門書を買い始めたら際限がないので危険です!笑

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